仄暗いフィンランドの底から#3「やさしさに包まれたなら」

落ち込むこともあるけれど

私、この町が好きです。

『魔女の宅急便』より

キキはそう手紙に記していた。

この手紙を書いた彼女の気持ちを本当に理解できるようになったのは私がフィンランドに来てからかもしれない。少なくとも初めて実家を出てたどり着いた東京ではこんなことは考えもしなかった。

見知らぬ土地で見知らぬ人々と過ごす中で成長し、友人ができ、苦労を経験してもなおこの町が好きと言える。それって素晴らしいことである。

私はフィンランドに引っ越してきた当初、この街、トゥルクが正直好きではなかった。

夏の部屋の中は暑く、冬は凍った地面で滑りかけ、なにより寒い。フィンランド語が分からないので家にこもってばかりで友人もいないのでやることもない、娯楽施設も限られていて街中ですることも特にない。どんな時も東京で過ごした5年間と比較してばかりであった。東京にいれば好きな仕事があった。母国語で笑いあえる友がいた。

そもそも私がフィンランドに引っ越すことになったのは結婚したからではない。離婚を回避するためだ。

妻とは数年間に及ぶ遠距離恋愛を経て、私が社会人になるタイミングで結婚をした。

結婚をする理由は人それぞれだと思うが、私の場合は結婚したいのが半分、もう半分は不安からだった。社会人になってから遠距離恋愛をすると二人の関係が壊れてしまうかもしれないという不安だ。もし二人とも結婚せずとも一緒にいれる方法があればまだ結婚していなかったかもしれない。私が職を日本で得たこともあって、二人で日本で生活することを選択したが長くは持たなかった。妻が日本に住み始めてから半年が経った時に一時帰国をしたことが決め手となった。日本に帰ってくるなり妻は言った「帰りたい」

私は頭が真っ白になった。私はとりあえず両親に電話をした。

久しぶりに聞く両親の声で、頭の中の雑音が飛び去り、不安と安心の入り混じった感情だけが残り、気がついたら声を大にして泣いていた。

妻は布団の中で包まってじっとしていたのを覚えている。

決定的なきっかけを得られぬまま時間だけが過ぎていった。家での生活は今までとは変わらなかったが、確実なのは妻が帰国用の航空券を買ったことだけだった。幸運にも仕事が苦悩から解放してくれた。

しかし帰宅途中に最寄り駅から家まで歩く時には必ず現実が私に襲いかかってきた。一度は諦めかけた。このまま頑張ったところで結局結婚生活は上手くいかないだろうと。しかし思いがけないきっかけでその考えはひっくり返ったのだった。

人は無音の空間に投げ込まれると、途端に気が狂うそうだ。

そこまでいかずとも、似通った経験を、一人暮らしをしたことがある人なら誰もが経験したことがあるだろう。家に帰っても真っ暗で何も音がしない空間、たとえ何ヶ月家を開けようが、出て行った時と同じままの空間。5人家族の私にとって、この静けさは異様であった。

他者が存在する証拠がそこにはないのだ。

ある日、帰路から見える私の家の窓が異常に大きく見えた。他の窓は真っ暗で、私の家の窓だけが明るく光っていたのだ。私を待つ誰かがいることを光が伝えてくれたのだ。だんだんと今までの思い出がこみ上げてきて、私は家に入ることができなかった。まだ肌寒い季節であったが、公園で1時間くらい過ごした。

フィンランドに住んだらどのように生きていくのか。

仕事はどうするのか。

結婚生活はフィンランドでも上手くいくのか。

海外での生活に適応できるのか。

様々な不安があったが、挑戦してみようと思った。

フィンランドに住むなんてなかなか経験できることではないと言い聞かせた。

ようやくこの街が好きになってきたのは、語学学校に通い始めてからだ。

必然的に友人ができ、インターンシップなどで社会と交流を持つ機会も増え、フィンランド語の学習が進むことで日常生活で接する標識や広告などが少し理解できるようになり、トゥルクという街が白黒の写真からカラー写真になったような感覚を覚えた。

キキが言うように、落ち込む日々もたくさんある。

言語の壁や文化の違いがある中で生活することは想像以上に過酷なものだった。旅行とは違うのだ。毎朝同じ時間に起きて、同じバスに乗り、同じ教室の席に着き、同じ時間に帰る。日々のルーティンを無難にこなしていくという地味な暮らしだ。

海外生活は地味だったのだ。

東京で持っていたものを思い出しては現状の自分にがっかりすることもある。言語が難しくて全てを諦めたくもなる日もある。

だから妻がまた別の街に引っ越したいと言った時は一瞬恐怖の感情に支配され、怒りたい気持ちが込み上がってきた。

日本で妻が私に「帰りたい」と言い放った時と同じ感情が。

ようやくこの街に愛着を感じ、好きになってきたのにまた別の街で1から始めなければいいけない。しかしすぐにその感情は去っていった。

今回はこいつがいたからだ。

そして猫を通して私はフィンランドに来た「理由」を思い出した。

家族と一緒にいるためだ。日本から見ればトゥルクも別の街も大して変わりはない。

家族が一緒ならそこはホームになるのかもしれない。

おわり

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